豊かさとは何かというよりも

 貧しさとは何かということを考えてきた年末年始。

 謹賀新年。明けましておめでとうございます。

 会社の人たちはIT業界ではえたひにんレベルな地位だったり稼ぎだったりしている。だが、世間一般的なレベルからすれば、決して貧しいとはいえない。でも、ひどく貧しく卑しく見える。何でだろう。貧しく見えさせているのはなんだいったい。労働時間は長いし、東京は生活費がかかりすぎるから、実際貧乏なんだろうか。

 いや、本当の貧困からはほど遠い、恵まれた次元の話。だから、社会問題でも何でも無いんだけど、今の会社には、怖ろしいほどの貧しさが蔓延していてしんどい。働きに見合うお金を得ていないから? お金に見合う働きをしていないから? 稼ぎの割に精神的に貧困すぎるから? ここで自分が思う精神的な貧困て何なのだろう。知識ばかりでは豊かでないことはもう分かっている。じゃあ、なんなのだろう。この貧しさは。

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クリスマスにうろうろ歩いたよ

 クリスマスに銀座をぶらぶらした。なんていうと景気のいい感じだが、本当にうろうろさまよった。お店を予約していなかったから(笑)。ぷらぷら歩いて、良い感じのお店があったら入ろう、みたいな、のんきな考え。今年のクリスマスはそんなに寒くなかったのもあって。無謀にひたすらぷらぷら歩いた。右から左、左から右。銀座はたくさん通りがあるので、全部網羅は無理だが。普段はあまり通ったこともない道にもはいったら、いわゆる銀座のクラブが密集しているらしい通りもあった。そこらへんに比較的お手頃そうなお店もあったけど、当然満席で入れなかった。

 しばらく歩いたらお腹がすいてきた。お腹がすいてきたので、お店が入っていそうなビルにはいって、イタリア料理屋さんに入れた。少々にぎやかすぎたが、予想外に美味しくて、店名にエノテカの名前がついていたので、ワインは美味しくて、ワインはそれなりの値段だったが、全体としてはお手頃だった。

 23日の夜に、ツイッターで「ぷろぽーずされたなう」というつぶやきを見かけたので、24日の夜はどれくらいあるかなとか気にしていた。家族と過ごす人、仕事の人、飲み屋の人、全然関係なくいつもと同じようにGAEとかについてつぶやき続けている人。自分のクリスマスを振り返ると、20代はせつないとかさみしいどころではなかった。そんな比較対象外級。わざとらしく会社で仕事をしていたときもあったと思う。ああみっともねい。気にしきれない甘さというか未練というか。そういう側に憧れながら、ずっと何もできないでいた。30才からのクリスマスはいろいろ思い出せる。お店に行ったり、家ですごしたり、そして今年はのんきに歩いたりした。

 何でもない普通の日、信仰上大切な日、馬鹿騒ぎする日、何狙う?日、家族と過ごす日、人生の節目になる日、そしてサンタの軌跡をツイッターで追いかける日。輸入されてしまった日付は、なかなかカレンダーから消せない。

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だめかなー
ココログ。

ブログのサイトってどこもかしこも作り手の思想が入るよねってそりゃそうだ。

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ココログの

トップページの雰囲気が勝手に変わってしまってとても嫌だ

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目黒のネパール料理からコミュニケーションについて考えたり

 昨晩はM氏をHUBとした忘年会だった。去年に続いて二回目。面子は少し変動あり。自分はM氏といろいろ話ができたが(たぶん会う頻度が一番低いし)、うまく話ができなかった人もいて、ちょっとつまらなさそうにしていて申し訳なかった。外国の方で、日本語がそんなに得意ではない様子で。今年はいない人が去年はいて、その人がうまいぐあいに話をかみ砕いていたり、話をきいていたりしていた。ううん、すごいなあと思った。が、自分はそんなことできなかった。

 そういうのをできる人をすごいなあ、すてきだなあ、と思うから、ものすごい魅力的だなあ、と思う。でも自分はそういうのができない。やればいいのにと思うけど、やろうと思ってうまくいった試しがない。

 ま、そういうのをいまさらちまちまいじいじ思ってもしょうがないのだが、ああ、でもせっかくこういう場があるのに、ちっとも有効活用できないんだなとなると、またますます引きこもりになる。それじゃあますます良いことはないのだが。

 思えば、誰かとのみにいって話をしたりすると、そういう何かしらうじうじ後悔することが多くて、お酒は好きなのに飲みに行く機会が減っている。

自分とテンポが違う人とうまく話せない。
自分と異なる意見を言う人の話をとりあえず冷静にきけない。
自分が全然しらない世界の話を聞けない。

と列挙するとああ、ネットにありふれた話ですねまったく!

 インターネットというのは、自分の悩みがいかにありふれてとるにたらないかと、知らせてくれる便利なツールである。

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