毎日新聞の書評に脳内汚染されるょ。
毎日新聞の激おもろい書評
今週の本棚:鹿島茂・評 『脳内汚染』=岡田尊司・著
すらどつにてどとーのコメントが展開されている「と」本。
つかその前に
毎日新聞の書評が「と」だ。
あくまでも書評へのつっこみである。本はしらん。
書評のルール違反は覚悟の上で、本書が大ベストセラーになって一人でも多くの人に読まれることを強く願いたい。な
いやだめだと思う。
オタク、ニートなどあらゆるネガティヴな現象を作りだした
オタクはネガティブなのか。。。。(。。)
小説、漫画、映画、テレビなどの既存大衆メディアすべてに言えることだが、享受者の自己愛を肥大化させるものほど人気を得るという法則がある
自己愛?むー?
自分が全能の主人公になった気分を味わえるファンタジーが愛されてきた所以である。幼児のときから人間の心に残っている「良い存在」と「悪い存在」に二分する思考法をファンタジーが快く刺激してくれるからだ。
まずファンタジーを正しく語れない人間は知性がない。
知性がない人間が新聞の書評を書くとはおかしい。
なので毎日新聞の知性が疑われても仕方がない。
「自分が全能の主人公になった気分を味わえる」ファンタジーのみについて言及したいなら、他の書き方があるはずである。
ファンタジーに対する常識的知識と判断力をもっていないと思われても仕方がない。
仮想現実への「参加」を可能にしたゲーム
「仮想現実」という言葉を、あまりにも曖昧に使用して、それで通じると思っている視野狭窄的症状が見受けられる。どういったものであるという定義をすべきである。
だから、ゲームも時間を決めてやればいいという議論は、麻薬でも少量ならかまわないという議論と同じく、成り立たないのである。しかも、戦慄すべきことに、ゲーム漬けになった脳は薬物中毒の脳と同じように破壊され、元には戻らなくなるという。
ほんまに?本当にこんなことがかいてある本なのか?
論理の飛躍というのはこういうときにつかうのでは?
短絡的、ということばも。
一時大騒ぎされたノストラダムスの大予言の解釈に地球崩壊は日本発だというのがあったが、アンゴルモアの大王というのがゲームだったとすれば、予言はまさに当たっていたことになる。
このオチをよむと
ああ、ねただったのね
と思ってあげられなくもないが
非常識このうえない。
ケロロ軍曹を読め!
子ども部屋からゲームやネットを取り除かない限り、亡国は必至である。
これだけは正しい。
ゲームは子供部屋においてはいけない。
子供部屋におくのはあほである。
それはゲームじゃなくてその親がわるいんじゃ。
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Comments
書評とかってみんな結構適当に書くよね。
人の文章について色々言ってるつもりで、実はそういう自分の書いてるものからも自分の人格が露呈していることに、気が付かないのかなあ。
非常に鋭いつっこみの数々、面白かったです。
Posted by: pai | January 23, 2006 at 02:14 AM
コメントありがとうございます
書評でこんなにぶっとんだのはさすがに珍しいと思って
いろいろ書いてしまいました。
取り上げられた人もびっくりするのではとさえ
思われます。
Posted by: 茶 | January 23, 2006 at 10:33 PM