モテモテモテ?

非モテの文化誌
第3回 『闘争領域の拡大』に見るフレンチ非モテの苦悩の巻

世の中の人はそんなにもてたいのだろうか。
本当に何人もの人から言い寄られたら困ると思うぞ?
ちょっとちやほやされることを、モテっていうんだろうか。
そうだろうな。
高校のときビューティコンテストとダンディコンテストがあって
ダンディコンテストは知らない人ばかりで顔も知らないが
ビューティコンテストで一位になったこは
とっても大納得な子だった。
モテてるという感じではなく、私服の都立高だし昔だから化粧とかしてないし
いつもそんままバスケやれそうなラフな格好をしていた。
でもなんつうかかわいいかつきれいかつ、ちょっとにかーと笑うと
きゃーってしがみつきたくなるような

あれ、
モテとはちがうねこの話。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

これは一生なおらない。

と三十路にはいって思ふのは、いや年齢のせいというよりも自分が暇すぎるという気がしないでもないし、つくづく克己心がないというか他律的というか相手に甘えているというか、都合の悪いことに同時にそういうバイオリズムになってしまうようで、いやもしかしたら最近のぐるぐるが相手にうつってしまったんじゃないかと思ってまた不安というかますます自信をなくしてきたりしてきりがないし、非建設的だし、じゃあどんなときに建設的だったのかというと、ううんそれがちょっとわからないくらい前の話なのか単に自分が忘れているのかどっちだろうかと考えながら、何かに熱中したとかのめりこんだこととを思い出そうとしても高校のときぐらいまでさかのぼってしまい、そのときあまりにも熱中しすぎて他のことができなくなったから、これからはのめりこみ過ぎないようにしようとか自分に言い聞かせてそれでなんとなく適当なままきて有意義でない生活をおくってきているではないかとなると、判断間違いだったのかとか思いつつ、そもそも今回のぐるぐるのきっかけは家をそろそろいいかげんに出ないと人としてダメになってしまうがかなりいい年だしあれあれどうするよとか考え出すとこれまたに究極のぎりぎりでちょっと友達でも呼び出してなんだそれと笑われてもいいからぐるぐるげろげろな心のうちを吐き出してみたいなあ、とか、いやしかしここに書いている時点でそれはもう直接はなしをしたほうがはやいんじゃないのとか思いつつ、いやそうやって話をしてしまったらまたそれはそれでひくにひけないにっちもさっちもいかないことになってしまうんじゃねえの?とかほらこれはかなり、現実的なリアルなぐるぐるだ。

りあるぐるぐる。

じゃあいままでのは現実的じゃなかったんかいってまあ、そうだね、真剣に自分の生活とか将来とか、好きな人のこととかを考えると、なんだかどんどんそういう未来に対する不安に自滅しかかっているじゃないですか自分!とかつっこみつつ、ああ、なんだかねえ、あれですよ別に物語をすすめたいわけじゃないのに、なんかステレオタイプな志向がときどきぺったりはりついてきてベクトルや思考、発言、行動を左右してくるんだだって私はけっこう人の話に左右されやすいからしょうがないのと毎度のえくすきゅーずをかさねながら、相手に対してはそれは甘えだねとかいっちゃっているあたりがもう自滅的でこれまた自己嫌悪でだからこれはあれですよぐるぐるだから意味がないんだってば。

ただ生きていくだけでもずいぶん大変だなあ
ダメですかねそんなこといっちゃ。
25で世をさった友達を思い出して涙したり情けなくなったりいつの間にか三十路かよ自分。

こってこて。
新喜劇なみにこってこてだああああ

| | Comments (0) | TrackBack (0)

子供のバレンタイン

 バレンタインは「文化・芸術」か?いや、「経済・政治・国際」か、つーかそもそも「恋愛」じゃねえの?
 とか独り言状態。。。

昨日のシカオちゃんのライブでは『愛について』をしみじみ聞いてしまったが
しかし個人的にぐっとくるのは『黄金の月』
いやー、全部いいんだけどさ。ね。
シカオちゃんはもともと不眠症?微妙に躁鬱気質だねえ。。

 で、バレンタインですよ。
 これってさ、やっぱ片思い中が一番おもしろいんだよね。
 チョコレートに思いを託して告白する、
 とゆー、すさまじい乙女幻想。
 絶滅している。とっくに。

 今回、なるべく高いチョコをさがしたがー
 んー、4粒でも1500円いきませんでしたよ。
 探し方が甘い?甘いんだろうなあ。

 なんだろー。。。なんでもいいんだけどさー。。。

 正直バレンタインは屈辱的な思い出が多い。乙女系に関してはませていた自分は、子供の頃チョコを買ったりあげたりあげようとしていたりした。
 小学校の高学年か中学のとき、「今日、学校にチョコをもってきているひと」といわれて没収された。

 ばかばかしい。

 没収した学校も学校にもっていった自分も。しかもその日体調が悪くて早退して、放課後になって返却されたチョコはクラスメイトがもってきてくれた。

 屈辱だ(笑)

 でも乙女系なので、高校でもチョコはあげた。
 いい思いでは、はーしーずの板チョコを、二人(?)にあげたとき。
 あれは楽しかった気がする。

 しかしまた二十歳もすぎたころに屈辱的なバレンタイン。
 もうふられてしまった相手に何か借りていたものを返すとき、無理やりのいはうすのチョコを渡した気がする。

 さいってー。
 さいてー。
 バカだったなあ、わたし。

 そこまで相手が好きだった、というより、バレンタインにチョコを渡すということに執着していただけな気がする。

 そして三十路だ。

 胸をはって渡せる相手がいるのはいいことだ。
 でも過去のいろいろな出来事を思いだし、文字通りほろ苦い、いや屈辱的、いやそれは言いすぎなんだけど、なんだか落ち着かない気持ちになる。

 ああ、落ち着かないのだ、これは。
 何かのイベントにのっかって相手に何かしてあげようとするのって、バレンタインもクリスマスも誕生日も、すべて自分だけが浮ついて単なる自己満足で偽善的な気がしてくる。

 そんなややこしい話か?


| | Comments (0) | TrackBack (0)

超杉田かおる

 超競れ部(笑笑笑)、もとい、超セレブとか言われているので、杉田かおるに超をつけてみた。
 結婚なさったそうである。
 おめでとうございます!
 これでまたひとつ負け犬の星、おつ。。。

 女優さんだなあ、と思うので、もっと女優業をやってほしいなー。
 「ムーミンとスヌーピーを足して割ったような人」とわ。
 面食いとか勝手に思っていたけど、違うんですね。

 これから大人の結婚ブームが来るような・・・こないですかね。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

LUCiで負け犬対策になるか?

 2004年12月号
 めざせ矢田ちゃん的27歳前後女子向きファッション雑誌。JJではないがOggiでもなく、負け犬になったらやだよねーだから30歳までに結婚、て本当に結婚できそうな人たちが読む雑誌、てな感じ。多分BAILAとかと、同じ感じだと思うが、これといって個性がなく、没個性がうり、いやしかし、JJでもOggiでもないので、うーん、いったい何かしらね、てな具合である。
 最近矢田ちゃんがよくふーちゃーされるのは、扶桑社だからだと思われるが、まー、「矢田ちゃんいいよねー」という男はいるが、真剣に彼女を目指す女子も多いのだろう。だって合コンでうけそうだし。紙面でも合コンのページがありました。合コン、合コンですか?それらしいものをほとんど私は知りません。なぜか合コンにすら縁のない。。。いまだったら行きますけど(いや行かないけど(笑))、正直なところ、合コンなんてと鼻で笑ってバカにしているところがあり、そんなこといわずに、単に飲みにいって遊んでればよかったですね。誰かお声をかけてくれたら、ですけど。
 で、「27歳の合コン事情」って後ろのほうの記事ですが、わしは三十路ですが、えーと、リアルすぎてリアルな記事です。「合コンしたい職業」のランキング第一位が公務員てあたりが、もー、この雑誌のターゲット層のつつましやかかつ癌的なことがしのばれますが。「合コンの必殺技」とかありますが、たいした必殺技はありませんが、これが必殺技になるようなほほえましい合コンが、世の中の幸福であり癌なんでしょうね。
 あ、傾向としてつつましいけど、でも載っているものはそーんなに安くありません。グラビアの矢田ちゃんは70万円のブルガリのネックレスつけてるし、他は安いか?Oggiよりは安いが、ってくらい。
 で、どーしてあんたがそんな本を買っているというつっこみは正しいが、私は若作り、もとい、年齢不詳を心がけているから、ではなく、比較的安価な商品に目をならす努力をしているだけなのだ。つかさ、OggiもFRAUも面白いけど負け犬雑誌なわけよ。JJなんてもちろんその対極にあるんだけど、さすがにいまさらJJは読めないしね。KOでもいってりゃよかったかいのう(笑)。で、いまさら三十路でも読んでまあしょうがないとなんとなかなる女子向け雑誌を探索中で、この雑誌は比較的そうかなーと思ったのです。あ、なんかわびしいなあ、この言い回し。
 何でもいい。雑誌は読みたいが、負け犬雑誌はやだ、高いものしか売っていないのはやだ、というだけだ。ファッション雑誌なんてセンスのいい写真がなかったら何の意味があるとゆー意見もあるんだが、美しいものは美しいものとして客体化しきれない私は度量の狭い女なのよ。あれ、何の話さ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

"CAFE de CRIE"で手をつないで

 愛煙家最後の牙城がDOUTORカフェ・ド・クリエはかぎりなくDOUTOR的でありながら、スィーツや甘い飲み物に工夫をこらし、女性客を取り込んでいる印象がある。内装もDOUTOURより色の明度・彩度が高いってだけで?やわらかい雰囲気。
 その他VELOCEなども含まれる低価格コーヒーショップは、低価格ゆえに、長時間居座って読書したり勉強したりという利用の仕方がよくされるが、さてもう一つ、経済的に余裕のないアベック、もとい、貧乏カップルの、特に天気のない日、デートスポットになる。
 中、高校生はお小遣いがたりない。専門学校生、大学生、大学院生は金がない。若いカップルが、金をかけずに何時間もおしゃべりができたりする。実はこれらの店の共通点は、テーブルが小さいということである。一人で利用するときは、書籍を広げてかつ書き物をしようなんて実はなかり無理がある小さいスペースで、しかし、向かい合ってすわるカップルにとっては不思議なほど親密度が増すほどの狭い距離である。なので長時間話をしていると、だんだん顔と顔が近づいてきてそこでーー、ってなことはないが、手はべたべたべたべたしっぱなし。手を伸ばさずに手をつないでいられるから。
 まあ、貧乏は仕方ない。が、いい年した大人が、ここの場合は二十歳ぐらいがボーダーラインと思われるが、いくら金がないからって、べたべた手をつないで話をしているのは多少の違和感がある。普通にしゃべっているならいい。だが手をつなぐな。しかも男の方がかぶせるように、女の手をもてあそぶように、手をつなぐな。公序良俗に反するみだらな行為に及ぶなぼけ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

『本気の出会いBOOK』

 ef11月綴じ込み付録。
 ライターの体当たりルポで「ネット恋愛」をしてみている。慎重に選抜すれば医者もあたるってなもんですが(ブルガリの香水の是非は置き)、ただし相手の好みが「おっとりとした家庭的なコ」でアウト!というオチ。
 どうしてこんなにも、男女それぞれが描くものが現実から乖離してんのか?と思ったが、「顔も服装もイケてる若い医者」がたまーにいるように「おっとりとした家庭的なコ」は存在しないわけではない。ではこの乖離はなんなのか。
 男女関係なく現代日本人が描く「働く人」になってしまうと、それを支えるパートナーが欲しくなるので、男も女もいうことが一緒になる=相手に求めるものが一緒になるんである。働くことを認めてくれてお互いサポートしあえる人。それは結婚というもののイメージが何もかわっていないということじゃないだろか。
 まあ結婚に必要なものは金です。自分で一銭も稼がぬやつはありえないな!ってなぐらいでまあ多々益々弁ずで。

 ところで巻末に素人のイケメンさんたちが掲載されているのだが、彼らは彼女はいないのだろう?
 なんで?

| | Comments (0) | TrackBack (0)