創作『TIME TO GO』

「時間だ。もういかなくちゃ」
 ある日そういってでていった彼女は、二度とかえってこなかった。
 あまりにも陰も形もないほどに、それきり連絡がとれなくなったから、実は幽霊だった、という落ちも考えてみたが、無理がある。
 僕らはお互いのことをあまり深くきこうとしなかった。家族のこと、子供のころのこと、話し始めればいっぱいあったはずだけど、僕らはたいてい、現在か未来のことを話していた。
 物騒な世の中だ。親殺しも子殺しもあって、戦争も世界各地でおこっている。子供を産み育てるのは大変だ。何をするにもお金がかかる。でもそれでも、そんなに悪いばっかりの未来じゃないよね。今こうして話しているとき、とても気持ちが落ち着くし・・・。
 振り返ると他愛のない話ばかりで、現実逃避で将来性がなかった。
 彼女は花嫁になって子供を産み育てていた。

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(小説)『夜に君の泣く声がきこえる』5

 亜夜人が「飲み会なんだよな」と独り言のようにつぶやいていた顔を三太は思いだした。週の半分くらいは飲んでいるのに、いまさら無意識に口からこぼれたようだった。不安か不満。芝居がかった発想。
「いわゆる接待ね」
 ビビアンはいつのまにか亜夜人の手帳をひろげている。
「磯川研。星南大学の同業者よ」
 その手の来訪者があると、勉強会、ディスカッションからなだれこんで半日に及ぶと三太はきいていた。優秀かつ酒豪の研究者が列席となると、大学をでるのは決って明け方になる。不思議なのは根元となる人は、ちゃんと帰宅したり宿泊先にもどって暖かいベッドでねている。
「そこで何かが」
「他の人は問題ないみたいよ。時々同じ研究室の人間が電話かけてきたし」
 ビビアンは亜夜人の携帯電話をみせる。
「留守番電話もはいっている」
「じゃあかわったことがおきているのは亜夜人だけなんですか」
「きっとね」
 亜夜人にだけ。しかし彼は眠りつづけているだけなので、状況に緊迫感をかいている。どれくらい致命的なことがおきているのか。最悪の事態を想像するのが難しい。眠り続けているのは十分、異常だが。
「いってこようかしら」
 ビビアンが独り言のようにいった。
「いまから?大学にいくんですか?ぼくがいきますからここにいてください。亜夜人が目をさましたとき、大家さんがいたほうがいいですよ」
 ビビアンは輪郭の強い目をまばたきする。三太もおどろいたが、返事をまった。
「あぁ、そうねぇ……そうかしらね」
「じゃあ、いってきます」
「無理しなくていいのよ、夜だし」
「夜のほうがいいでしょう。シロ、いっしょにきてくれるよね」
 突然話をふられ、足元にいた白い猫はびくりとする。
「うん」
「さあ、いこう。何かあったらすぐ電話します。亜夜人が目をさましたら、すぐにおしえてくださいね」
「もちろんよ」
 ちょっとはりきったような顔がかわいらしく、三太はほほえんだ顔をみせながら部屋をでた。

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めも。

『おやすみと
電話をおいたその後はいつも』

ぉ?
電話でおやすみをいう人なんて
いまどれくらいいるんだろ?
と思ったが、

『おやすみと
メールをうったその後はいつも』

け?
携帯小説みたい
それは差別か?

ライトノベルの善し悪しが時々いわれるが、読み手の問題で、ライトノベルしか読んでないやつがどれだけ正当性をうったえても、だめだと思う。
いるらしいんですな。ライトノベルしか読んでないってやつが。
それは書き手にとっても不幸なことではないでしょうか?
あ、そんなこと書き手はいわないですね。
プロですから読み手を選んだりするはずはない。

何がいいたいかというと
電話でも携帯でも
友達でも恋人でも
夜、そういうやりとりが終わったときって、なんかうすらさみしい
だから長電話になるんだな

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(小説)『夜に君の泣く声がきこえる』4

 マサオはじれったそうに前足をつけねからうごかしたり、尻尾をちいさくふる。三太はちいさい動きに目をうばわれる。浅井がその肩をこづいた。
「なに話してるのよ」
「大家さんのことが心配で、大家さんもまだ子どもだって」
 浅井と杉本は思わず唖然とする。ビビアンの外見は二十代から三十代だが、正確な年齢は本人すら不詳。ただかなり年長者でも、あれは自分より年上だと陰ながら主張する。杉本はとりなすようにいった。
「なかに大家さんいるんだろう?。どうしてるかな」
「なか、みてないんですか」
 三太は問いかえす。
「みとらんよ」
 杉本は当然だろと胸をはり、浅井はへたなすまし顔をつくる。
「じゃあ、みてみましょうか」
 三太がうかがうと、二人はおおきくうなづき、シロとマサオも息をのんでみあげた。期待をせおい三太は扉をノックした。
「大家さん。はいってもいいですか」
 すぐに、はいりなさい、と返事がきこえた。だいじょうぶそうじゃないですか、と三太は周囲の同意を求めたが、杉本と浅井は驚愕と恐怖をおしころし、マサオはあとずさりしていた。三太は首をかしげつつ扉をあけてなかへはいる。足元からシロがすべりこむ。後はつづかないので、扉は静かに閉じた。

 はいってすぐ、ソファがある応接間は間接照明で暗い。右手からやや明るく、その部屋の中央に赤紫の布を被せた台がある。そこに亜夜人は仰向けによこたわっていた。濃紺のシャツに黒のジーンズのいつもの服装。だが肌はいつもにもまして白く、唇は紫になっている。
 ビビアンは脇にたってやや無機質な顔で彼をみおろしている。
 三太はしばらくまじまじと亜夜人をみた。確かに普段とはちがう様子だが、病気なのかといっていいのかわからない。健康でないなら病気かもしれないが、さて彼にとっての健康とはなんだろう。
「しんではいないわよ」
 ビビアンがいった。
「みたまま、ねむっているだけ」
「どうしてずっとねているんですか」
「……体が変化しようとしているのよ」
「悪い変化ですか」
「よくないわね」
「……原因はなんですか」
「何か変なものをたべたのよ」
 はらただしくビビアンはいって、三太のほうをむいた。

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(小説)『夜に君の泣く声がきこえる』3

 三太はことの重大さがわかってきた。
「部屋にいる?」
「ううん。ビビアンのとこ。ビビアンが魔法ではこんだ」
 三太はシロと部屋をでた。
 途中、亜夜人の部屋の前をとおったが、いつものように扉は隙間があいている。階段をおりてすぐのつきあたり、ビビアンの部屋の前には住人が二、三なかの様子をうかがおうとしていた。
 着物の白髪の男が声をあげる。
「おお、三太くん、帰ってきとったんかい」
 杉本は杖をついているわりにリアクションがおおげさで、声がよく通る。常に好奇心が旺盛だ。
「すみません」
 三太は笑顔でこたえ、もうひとりの黒の細身のパンツスーツで、スーパーの袋をもったほうをみた。
「浅井さん、今日ははやいんですね」
「ドラキュラ野郎がオーロラ姫だってね」
 ぶぜんとしているのは睡眠不足のせいだ。杉本はきょとんとした。
「オーロラ?」
「眠りの森の女王ですよ」
 三太がこたえると、いっぱくおいて納得する。
「なるほどな。誰かのキッスでおきるならいいことだ。君、やってみたらどうだ」
 杉本のまじめな提案に、浅井はおおきく左右に首をふり、三太にむかってあんたがやれとあごをしゃくる。三太は苦笑いし、足元のシロとヨークシャーテリアのマサオの会話にきづいた。
「ビビアン大丈夫かしら」
「なんで。亜夜人の心配するんじゃないの」
 マサオは普通の犬だが亜夜人をとくに気にいっていて、いつも恋敵だのなんだのとさわいでいる。
「あの強気な女がおかしいんだもの。いつも亜夜人をこきつかってるくせに、なんなのかしらもう」
「よくわかんないよそれ」
 シロは首をかしげる。
「子どもにはわかんないのよね。ビビアンもまだ子ども。ああ、もう、しゃんとしてくれなきゃ亜夜人はどうなっちゃうの」

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(小説)『夜に君の泣く声がきこえる』2

 亜夜人は今夜は何万円もするオペラにつきあわされると話していた。
「ビビアンが髪をセットしていくって家をでたとき、亜夜人は寝ていて、いつものことだからほおっていったんだ。でも、時間になっても亜夜人はこなかった」
「おこしてあげなかったの?」
 三太は夕方ごろ自分は何をしていたか、あたふた記憶をたどる。語学の授業中だった。
「起こしたよ!みんなで必死に起こしたよ。けどゆさぶっても起きないし、あきらめてそれぞれおとなしくしてることにしたんだ」
 そういえば帰ってきた時からハウス全体が静かだった、と三太はいまさら気づく。みんな部屋で息をひそめているか、外に出かけているのだろう。
 ビビアンは腹をたてるとすさまじい。必ず周囲も攻撃をくらう。普段はざっくばらんなひとだが、機嫌が悪いと過去のこまかいできごとをやりだまにあげる。
「彼女烈火のごとく怒りながら、さっきかえってきたよ。聞えなかった?」
 三太は目を丸くしながら首をふる。
「で、まっしぐら亜夜人をたたきおこしにいったんだけど、なぐってもけっても起きやしない」
 三太はなぐるけるを想像してこわくなった。
 亜夜人は夜型で不規則な生活をおくっているので、真夜中から次の日の午後まで寝ることはめずらしくない。だがたとえ睡眠時間が二時間でも、ビビアンとの約束をやぶるなどということはありえなかった。
 彼女との約束をやぶるなどという勇気をもつ者を三太はしらないが、なかでも亜夜人はありえなかった。彼は頭脳明晰で容姿はその三倍くらいととのっているが、また五倍ほどルーズで、とくに女性関係はだらしなく、AさんとBさんが鉢合わせすることは、一度や二度ではないかった。だがビビアンのいいつけは守るのだ。ビビアンはびしっとお洒落してでかけるときは、たいてい亜夜人にエスコートさせる。そういった役目を亜夜人はきっちりこなす。ちょくちょく、文句をいいながらも。

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(小説)『夜に君の泣く声がきこえる』1

 白い猫がドアの隙間をあけて、するりと部屋のなかにはいってきた。部屋の中央に背をむけて机にむかっている部屋の主は、その気配にきづかず、ノートPCのキーをかち、かちとたたいている。猫は彼をよんでにゃーとないたが、返事がない。猫はしびれをきらして、さっと横から机にとびのった。
「わっ」
「ビビアンがよんでるぜ」
 三太は椅子のうえでそっくりかえった。突然視界をさえぎった白い毛波と、金色の瞳。だがすぐに平静をとりもどし、猫の足元をみた。キーはふんでいない。
「びっくりした」
「なんどよんでもきづかないんだもん」
 シロはちょっと上目使いで、別の非難もこめて彼をみる。
「あー、ごめんね」最近レポートの提出が続き、三太は彼等にかまってない。「大家さんが俺をよんでるの?」
「うん」
 シロはうなづきながらPCの上からおりて、たしたし小さな足音をたてる。三太は視線をおとしたまま静止した。
 レポートの締め切りは明日だ。毎度、かんばしくない。ただでさえ要領が悪く、文章をかくのも遅い。しかもせっぱつまっているときには、きまって邪魔がはいる。もとい、誰かが訪ねてくる。そしていつもぎりぎりになる。
 シロはいった。
「晩酌じゃないよ」
「えっ」
「亜夜人が昨日から目をさまさないんだ」
 昨晩の遅くにかえってきたはずだ。もうすぐ24時間になる。

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